Dr.ホルモンとKent Dr.の内分泌講座

Dr.ホルモンの内分泌講座

下垂体機能低下症について

"Hypoの顔"

一般に種々の疾患には特有の顔貌を伴うことが少なくない。殊に、内分泌疾患の場合は特有の顔貌を呈する事が多い。クッシング症候群、アジソン病、巨人症や先端巨大症、成長ホルモン分泌不全性低身長症、ターナー症候群、クラインフェルター症候群、カルマン症候群、甲状腺機能亢進症や低下症、クレチン症、軟骨無形成症などは一目見ただけでその病気を充分疑わせてくれる事が多い。教科書に記載されている通りである。

しかし、"Hypo(ハイポ)の顔"というのはあまり知られていない。Hypoの顔とは下垂体機能低下症(Hypopituitarism)の顔のことである。あまり馴染みのない用語で成書にも記載がないが、何例も診ていると習うより慣れろで、明らかにそのような顔貌があることに気付く。それは、青白く、乾燥し、覇気がなく、少し腫れぼったい顔である。

これまでさまざまなホルモンの患者さんが来院した。その中でも、特に印象的だったのはこのようなHypoの顔を呈した2例の患者さんであった。一人はホルモンを分泌しない、いわゆる非機能性下垂体腫瘍による下垂体機能低下症であり、もう一人は視床下部性下垂体機能低下症という例であった。

下垂体腫瘍の症例は64才の男性で以前より一過性の意識レベルの低下、うつ傾向があり、元気がなく、全身倦怠感、体重減少、筋力の低下、ADH不適切分泌症候群(SIADH)による低Na血症を示し、色々な内科でさまざまな検査を受けたが一向に原因が見当たらず、最終的に精神科を受診しうつ病として約一年間抗うつ剤の投与を受けてきた。しかし、本来うつ状態は副腎皮質ホルモンの欠乏に基づくものなので一向に改善しなかった。たまたま後輩のドクターが低Na血症より下垂体機能低下症を疑って小生に紹介してくれたため発見することが出来た。

もう一例の視床下部性下垂体機能低下症は71歳の女性で低血糖発作、一過性の意識レベルの低下、全身倦怠、食欲不振、極度のるい痩、SIADHで平成元年より平成9年まで入退院を繰り返していたが、主治医が下垂体機能低下症を疑い尿中のステロイドホルモンをチェックしたことより小生に紹介となった。ステロイド(グルココルチコイド)不足では意識レベルの低下と低Na血症を来たし易い。ステロイドは糖代謝、電解質代謝、免疫機能、炎症反応に関与するばかりでなく脳細胞の機能を正常に保つ上でも重要である。

これら二人の患者さんは診察室に入ってきた瞬間に"ハイポの顔"だと分かった。前者はステロイドホルモンの補充によりうつ状態がたちまち改善したばかりでなく全身倦怠等の症状もすべて消失し別人のように元気となった。家族の方々もホルモンの威力に吃驚した様子であった。後者は138cmの身長に28kgという体重で非常に消耗しきっており、ふらつきが強く一人では歩くこともできず旦那さんに支えてもらって来院した。案の定副腎皮質機能低下症が認められたためステロイドホルモンを補充したところみるみるうちに元気となり食欲も増して数日後には地元の病院を退院できた。一ヵ月後には顔貌には赤みが加わりしゃきっとして一人で歩けるまでになっていた。最近、30年振りで中学校の同級会に参加したが疲れを感じることもなく楽しんできたとのこと。

ホルモン補充療法後これら二人の患者さんにはもう"Hypoの顔"は無かった。治療の前と後では地獄と天国であった事は想像に難くない。

読者の皆さんも全身倦怠、うつ傾向、起床困難、食欲不振、低Na血症、時に意識レベルの低下といった症状や所見の他上述の顔貌を呈する患者さんが居ましたら是非下垂体機能低下症を疑って欲しいと思います。少しでも、疑ってくれれば、診断の道が拓け患者さんを早く救うことにつながります。Hypoでありながら妙な患者として扱われている方々が全国にたくさんいるのではないか、これらの患者さんはQOLとは無縁の辛い日々を送っているのではないかと懸念されます。

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